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Re:西さん こんばんは 

 投稿者:西 博孝  投稿日:2002年 5月 5日(日)00時53分21秒
返信・引用
  首長さん、こんばんは。

お返事が遅くなり、申し訳ありません。今日、研究会の仲間と大阪府八尾市の高安古墳群で最も高い二階塚古墳に行ってきまして、あまりの急勾配に疲れました。ネットでも公開されていない古墳ですので、近々アップします。

>ところで資料の件は何も回答がきてません。連休明けにもう一度確認いたします。

急ぐ必要はありませんので、ゆっくり探してみて下さい。お願いします。

>当サイトのきっかけとなったのも山陽町の岩田古墳群で一番解明したい場所なのです。

懐かしい古墳群ですね。神原英明先生が調査された遺跡ですね。調査中の1970年〜71年の間何十回行ったでしょうか、本当に懐かしい古墳です。

>折角これだけ文化財があるのだからたくさんの人に見てもらおうと日夜励んでいます。

首長さんのお気持ちは非常に大切なものだと思います。岡山市内のように非常に交通の便がよくて、十数分ですぐにいくつもの古墳群や巨大古墳に行けるところは少ないですし、密集度が高いところも珍しいと思います。是非頑張って調べて下さい。そして一人でも多くの人に知ってもらい、また一つでも多くの遺跡を後世の人に残していきたいですね。

>その途中の赤坂町の東軽部があります。ここは時代的にはどうなのでしょうか?

前に書きましたように、以前行ったときの印象は古墳時代後期から終末が多かったように記憶してますが、再度調べ直すのがよいと思います。私たちにできることがあれば、協力致します。







 


西さん こんばんは

 投稿者:THE古墳NET 首長  投稿日:2002年 5月 3日(金)21時47分49秒
返信・引用
  いつもご声援いただきありがとうございます。ところで資料の件は何も回答がきてません。連休明けにもう一度確認いたします。
ところで今回アップした地域は、山陽町です。当サイトのきっかけとなったのも山陽町の岩田古墳群で一番解明したい場所なのです。ここの山陽団地には身内が家を建て住んでいますが、なにやら妙な悪いことばかりが起きそのまわりもそうなのです。かたや発掘された古墳のまわりはすごく繁栄しています。ある方が言うには身内の家のまわりには、古墳があってその上に家を建てているからと言われています。そこでもし本当なら新たに古墳がでてくるのでは。。というわけでまずは県内の古墳を調べてまわりの様子も把握してから被葬者の割り出しを行ってみようとやっていくうちに折角これだけ文化財があるのだからたくさんの人に見てもらおうと日夜励んでいます。
山陽町あたりは、両宮山古墳から北へいくほど古墳時代中期から後半 終末期の古墳が集中しているみたいです。次回UPの二軒屋1号墳あたりの吉井町は古墳時代終末期の古墳みたいです。
その途中の赤坂町の東軽部があります。ここは時代的にはどうなのでしょうか?課題としてピックアップしておきたいですね。
 
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Re:Y.Mizui さん 西さん こんばんは

 投稿者:西 博孝  投稿日:2002年 5月 3日(金)11時54分3秒
返信・引用
  首長さん、こんにちは。 連日のアップご苦労様です。首長さんの情熱に脱帽です。

>大坂の方が来られたとおっしゃっていました。もしかして文化研究会の皆さんがいらしゃったのでしょうか?

いいえ、私たちの会ではありません。どなたか熱心な方だと思います。ところで今回のアップ分は山陽町ですよね。この辺りの古墳は細かく見たことがありません。

大学時代に後輩のF君(今岡山で高校の先生をしていますが)の家が赤坂町の東軽部にあり、自宅の裏山に古墳らしきものがあるというので、部員20名ほどで分布調査をしたことがあります。ほとんどノーマークの地域で、あまりの古墳の多さと採集土器・遺物の多さに驚いたことがあります。

F君の裏山のものは、確かに古墳で陶棺破片多数と羨道部から江戸時代の土器を採集しました。他にもまだあるといってましたが、時間不足であきらめました。あの古墳群は今でも残っているのでしょうか。

それから今回の地図にある正崎の砂川という遺跡から、特殊器台によく似た大型の器台が採集されています。実物は山陽町の資料館にありますので、機会があれば是非ご覧になって下さい。

 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

Y.Mizui さん 西さん こんばんは

 投稿者:THE古墳NET 首長  投稿日:2002年 5月 2日(木)22時15分5秒
返信・引用
  管理人 Y.Mizui さん 西さん
こんばんは いつもお世話になっています。お礼が、遅れてすみません。リンクしてくださってたんですね。いつも資料室や他のところばかりに寄っていまして気が付きませんでした。どうもありがとうございます。
今回のUP分も拝見させていただきました。竜山の石は吉備の古墳にも多いに関係あります。興味深いところです。当サイトも本日UPしました。ところで鳥取上高塚古墳ですが二塚1号墳を探しているとき山の持ち主の方(古墳の前の家の方)にいろいろお話を聞きましたが大坂の方が来られたとおっしゃっていました。もしかして文化研究会の皆さんがいらしゃったのでしょうか?岡山県赤磐郡にある古墳です。しかし、ここの家すばらしい大邸宅でした。
 

Re:「播磨の石切り場と石棺を訪ねて」拝見しました

 投稿者:西 博孝  投稿日:2002年 5月 2日(木)13時00分36秒
返信・引用
  OBITOさん、こんにちは。

いつもお世話になっています。

>伊保山山頂にこのような遺構が残っていることに驚きました。今度私も訪問してみたいと思います。特に最近調査された竜山3号墳は竜山にあると思っていましたので、そちらに登らなくてよかったです(^^;)。

伊保山への登り道は多分見つからないと思いますので、もし行かれる際はメールでも下さい。それから石切場の持ち主にも挨拶をしておいた方がよいと思います。

本来の竜山にも石棺に似た岩相のものがあるとのことですが、この前は行けなかったので長や古法華と一緒に次の機会に行くことにしました。その時には薫さんも一緒にいかがですか?

>ところで先日、奥田尚さんの本が学生社から刊行されましたので、ご紹介します。

新刊のご紹介を有難うございます。奥田先生が新しい本を出したようですね。私はまだ読んでいませんが、楽しみにしております。

これからも書き込みをお願いします。

 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

「播磨の石切り場と石棺を訪ねて」拝見しました

 投稿者:OBITO  投稿日:2002年 5月 2日(木)09時29分26秒
返信・引用
   こんにちは、OBITOです。いつも見学会ではお世話になっております。
こちらの掲示板には初めて発言させていただきます。

 「播磨の石切り場と石棺を訪ねて」拝見しました。以前より畿内の竜山石
石棺の多くは伊保山の石だということを西さんよりうかがっていましたが、
伊保山山頂にこのような遺構が残っていることに驚きました。今度私も訪問
してみたいと思います。特に最近調査された竜山3号墳は竜山にあると思って
いましたので、そちらに登らなくてよかったです(^^;)。

 ところで先日、奥田尚さんの本が学生社から刊行されましたので、ご紹介
します。このHPをごらんの皆さんには興味深い内容かと思います。
「石の考古学」奥田尚著、学生社、本体2300円
ISBN4-311-20252-0

                   OBITO < hfb01725@nifty.com >

http://isweb39.infoseek.co.jp/area/obito3/

 

Re:石材

 投稿者:西 博孝  投稿日:2002年 4月30日(火)18時45分54秒
返信・引用
  落王様

初めまして、考古文化研究会の西でございます。掲示板にメッセージを寄せて頂き、有り難うございます。お名前とメッセージは、物怪様の掲示板で拝見させて頂いております。

>しかしながら知識乏しい古墳の初心者ですので自分の意見もなく、何も発言せずにいます。

どなたも最初は難しい専門用語などにとまどうと思いますが、そのようなものは追々覚えればよいものだと思っております。要はどれだけ興味を持っているかにつきると思います。考古学に興味がある人が楽しく話し合えれば、それ以上のものはないと思います。

私も長い間考古学に興味を持ってきましたが、最新の情報や遺物・遺構はどうしても最先端で研究されている方にはとうてい及びません。それで少しでも役に立てばと思い、岩石の勉強を素人ながらやり、石棺の石材などのきちっとしたデーターをそろえていきたい思っています。

今後このHPでは、厳密な意味での竜山、そして古法華、長、高室の石切場と実際の石材を掲載していこうと考えております。

>自分の住まいもマイナーながら榛原石の産地。

舞谷古墳群や忍坂古墳群に使われている榛原石(流紋岩質溶結凝灰岩)の産地に地元にお住みですか。
是非地元の利を生かして、今後ともいろいろとご教示ください。




 
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石材

 投稿者:落王  投稿日:2002年 4月30日(火)17時31分34秒
返信・引用
  初めまして。「穴友会」の掲示板から流れてきた者です。突然に勝手な書き込みで失礼します。
西様と守屋氏の掲示板での意見交換を、楽しく拝見させていただいております。
しかしながら知識乏しい古墳の初心者ですので自分の意見もなく、何も発言せずにいます。
今回、竜山石についても興味深く拝見させていただきました。石材の産地とそのルートは、古墳の被葬者などを考える上で重要なことです。竜山石が有名ですが、周辺にも有力な石材産地があり、単純に播磨は竜山石と考えていてはいけないなぁと思い知りました。
自分の住まいもマイナーながら榛原石の産地。石材のルートには興味があり、知識不足なので何も論ずることができませんが、これから勉強したいと考えています。
突然に勝手な書き込みをいたしまして失礼しました。これからも貴HPと貴会のますますの発展をお祈りします。
 

ご意見お聞かせください。

 投稿者:LIME POST  投稿日:2002年 4月29日(月)20時16分17秒
返信・引用
      はじめまして。
    私、投稿のサイトの管理人をしております。

    その中に古代史の投稿者がいるのですが
    反響が少ないために、本人が意欲を無くしております。
    そこで皆様にお越しいただいて、率直なご意見を伺えれば
    大変ありがたく存じます。

       http://ww2.tiki.ne.jp/~muez/otogi/newotogi.htm(歴史コーナー直)

    宣伝してしまい申し訳ありません。
    どうぞよろしくお願いいたします。

http://ww2.tiki.ne.jp/~muez/

 

日本列島における和泉の歴史と文化

 投稿者:資料室(和泉市立人権文化センタ/A>  投稿日:2002年 4月27日(土)21時39分41秒
返信・引用
  (突然の書き込み失礼します。事業のご案内です。)
公開講演会・シンポジウム「日本列島における和泉の歴史と文化」のお知らせ。
↓詳細情報(チラシ)を転載しています。
http://www.ican.zaq.ne.jp/m471560/e20020525.htm

▼公開講演会
平成14(2002)年5月25日(土)13:30−17:30
「日本人はどこから来たか」
  尾本惠市 (桃山学院大学教授)
「池上曽根遺跡の文化史的意義」
  金関 恕 (大阪府立弥生文化博物館館長)
「古代史における和泉」
  上田正昭 (京都大学名誉教授)

[参加費 ] 無料
[申し込み] 不要です。当日会場におこしください。
[会  場] 和泉市市民文化ホール(大阪府和泉市)

http://www.ican.zaq.ne.jp/m471560/e20020525.htm

 
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